さて、ここからはCONY JAPANの歴史を見ていきましょう。私たちCONY JAPANにはどんな歴史があったのか?そしてこれからどこへ向かうのか?現代表取締役である小西正行を主人公に振り返ります。

CONY JAPANの歴史の始まりは、1970年にさかのぼります。
この年に、現代表取締役小西正行の父、小西豊治が「近畿営繕工事」を創業しました。
地域の店舗や工場から依頼を受け、営繕工事を行う事業を営んでいました。

長男である正行も高校卒業後、父の仕事を手伝うようになります。
ところが1995年、正行が22歳の年に父が突然の他界。
正行が父の後を継ぎ、これまでの店舗や工場を対象とした営繕工事から、一般顧客を対象とした住宅リフォームの下請業へ転換をはかります。

当時は特に大きな目標もなく、ともかくその日が楽しく生活できればいいという感覚で過ごしていました。
そんなある日、ある同業の方から一冊の本を薦められます。
~ナポレオン・ヒル著 『成功哲学』~
そこに書かれていたのは数々の成功者と呼ばれる人たちに共通する意識と行動。
これまでにない衝撃を受けたのです。
「俺も必ずでっかい夢を実現させてやる!」
心の奥底からメラメラと燃えたぎるような気持ちが溢れ出て、一大決心をします。

「会社を設立し、経営者になる!」
「2008年までに売上30億を達成する!」
「50期連続増収を目指す!」
やる気が全身にみなぎり、その決意を周りに熱く語りました。
ところが、周囲の反応はとても冷ややかで、むしろ猛反対を受けたのです。

「無理だ」
「お前にできるわけない」
「あきらめろ」
学歴も知識も経験も、経営資源である人・モノ・金も何もない24歳の若輩者の夢は、
周りの人たちには明らかに無謀と映ったのです。

しかし、一度心に決意した正行の気持ちは折れません。
「できるかできないかじゃない!やるかやらないかだけだ!」
1997年、周囲の反対を押し切り、300万円の資本金を借りて、有限会社スペースアップを設立。
下請ではなく、お客様から直接注文をいただく元請会社として住宅リフォーム事業をスタートしたのです。

これがCONY JAPANの始まりでした。
正行と、母である芳江、他2人の知人を合わせ、たった4名で物語がスタートします。

事務所は自宅である文化住宅の2階。
下請を辞めたため、当然自分たちで営業しなければなりません。
もちろん営業活動は初めて。
集客のためのチラシは手書き。
自分たちで近隣を歩き回ってポスティングを行っていきました。
何から何まで手探りで、分からないなりにがむしゃらに働き、初年度は3,000万円の 売上を計上。

2年目には松原市にある倉庫を改造して、初の店舗を開設。
その後も従業員数は徐々に増え、業績も向上していきました。
4年目にあたる2000年には従業員数30名、売上は7.4億円。
飛ぶ鳥を落とすような勢いで急成長し、にわかに業界内でも注目され始めます。
同年に有限会社から株式会社になりました。

・・・と、ここまでは一見順調に見えました。

ところが5年目以降、業績は伸びてはいるものの、伸び率に明らかな鈍化が見られるようになったのです。
一般的に「売上10億の壁」「従業員数30名の壁」と言われるものです。

経営のことをまったく知らない若者が走りながら立ち上げてきたこの会社は、売上・利益を追いかけることしか見えていませんでした。
しかし、この5年の間に目を向けてこなかったところに落とし穴があったのです。
気づけば離職率は60%を越える状態。
小さな無名の会社ながらも何とかして人を採用するために、当時は完全歩合制という給与制度をとっていました。
簡単に言えば、売ったら売った分だけ給料が上がる仕組み。
ほとんどの従業員の入社理由は、高収入へのチャレンジのみと言っても過言ではありませんでした。
逆に言えばそれ以外に会社にいる理由がなかったのです。
だから、売れなくなって給料が下がると、とたんに従業員は去っていくわけです。
採用しても採用しても、従業員数が増えない。
従業員が増えないから業績が伸び悩む。

まさに、「売上至上主義」の限界でした。

日々の戦いに明け暮れるなか、次々と去っていく仲間の背中を見て、小西は悩みます。
「そもそも俺は、何のために経営しているのか・・・?」

様々なセミナーや勉強会で学ぶなかで、やがて一つのことに気づいたのです。
「業績や給与だけではない。会社には経営理念が必要だ。」
思い返せば、これまで様々な仕事をしてきて、どんなことが嬉しかったか?
頭に思い浮かぶのは、夢の住空間を創りあげることができた時にお客様からいただいた「ありがとう」の声でした。
こちらがお金をいただいているのに、時には涙を流して喜んでくださるお客様がいる。
そのようなたくさんのお客様との出会いがあって、今の会社がある。
家はお客様にとって一生でいちばん大切な資産。
多額のお金をかけてそのリフォームを依頼してくださるお客様の想いを、第一に考えなければならない。
単なる工事ではなく、リフォームを通じて「夢と感動と安心」を提供していかなければならない。

そしてそのためにも、実際に現場で工事をしてくれる協力業者の皆さんが、「スペースアップと仕事ができて良かった」と思ってもらえるように、お互いに協力意識を強めていかなければならない。

この想いをもったのは、小西自身が下請職人の時代にたくさんの矛盾や苦難を味わってきたことが背景にありました。
さらに、一緒に働く従業員が、単にお金や生活のためだけでなく、仕事を通じてそれぞれの夢に向かって成長を実感でき、「この会社に入って良かった」と思ってもらえるような環境にしていかなければならない。

このようなことをすべて実現させるためにも、会社が組織として成長していかなければならない。
お客様に本当に喜んでいただくことによって適正な利益を得て、より多くのお客様・協力業者・従業員に幸せを提供し続けていけるような強固な組織を築いていく必要がある。

この「お客様」・「協力業者」・「社員」・「会社」の4者が、すべて幸せになるような企業を目指す!
2002年、この想いを“Four Happiness(4つの幸福)”という言葉にまとめ、スペースアップの経営理念としました。

これが「売上至上主義」から「理念浸透型経営」へのターニングポイントとなります。

「Four Happinessの実現を本気で目指す!」
そのためには、組織にその価値観を浸透させ、従業員のベクトルを合わせることがもっとも重要でした。
しかし当時の給与制度のもとでは、従業員の意識は給料や業績にいってしまうばかりです。
小西はその制度の廃止を決意します。
そして、全従業員を集めて理念について熱く語りはじめます。 しかし、どれだけ熱意をこめて話をしても、給料目当てで入社したほとんどの従業員は猛反対します。
それでも小西は強く意を貫いていきます。
そんな小西に対して、半分以上の従業員が別れを告げて会社を去っていきました。
当時25名にまでなった営業マンはわずか8名に減りました。
4店舗あった店も2店舗閉鎖という憂き目に遭ったのです。

ここまでの事態に直面し、普通の人なら心が折れてしまってもまったく不思議ではありません。
しかし小西の信念はぶれませんでした。
「夢をあきらめない!」

理念が浸透した会社をつくるためには、組織の入口である採用から変えなければならない。
それまでは能力や経験のみを重視した中途採用がすべてでした。
そこに新卒採用を取り入れることを決意したのです。
これから社会人になる真っ白な学生たちに自分の想いを全力で語り、共感してくれる人たちと組織を創っていく。
経験やスキルよりも、まず「価値観」を共有できる組織にしていかなければならない。

しかしそんな考えについて、同業者から否定的な言葉が相次ぎました。
当時、特に中小規模のリフォーム会社はベテラン中心の営業体制が当たり前でした。
従業員を育成する体制が整っている大手企業ならまだしも、そのような環境や仕組みが乏しい中小企業では、新卒を採用すること自体が非常識とされていたのです。
ましてや、まだまだ規模の小さなスペースアップという会社に、学生が入社を希望して応募してくるわけがない。
そういった声が数多くささやかれました。
「それでもやる!」
「何も挑戦しないことが、いちばんの失敗だ!」
小西はそう自分に言い聞かせて、新卒採用に踏み切ります。

会社設立7年目の2003年4月、新卒第一期生入社。
これが、それから始まる怒涛の快進撃のスタートになるのです。

新卒社員の入社は、受け入れる側にとって覚悟が問われる出来事でした。

「入社式って、どうすればいい?」
「新入社員研修って、何をすればいい?」
社会人経験者ばかりを採用してきた会社には、「人を一から教える」という経験がまったくなかったのです。
すべて初めてのことばかり。
皆、慌てながら手探りで受け入れ体制をつくっていきました。

もちろん、入社した新入社員たちにも数多くの厳しい試練がありました。
まず当時の会社は、新入社員にパソコンや携帯電話、営業車を貸し出す余裕すらない経営状態だったのです。
今では当たり前に会社が貸与しているものばかりですが、当時はすべて各自で持ち込んでもらわざるを得ませんでした。
「なんでやねん?」
理不尽とは言え、会社としてもどうすることもできません。
他にも、営業マニュアルも、諸手当や福利厚生なども整っていないものばかり。

「当たり前」と思っているものが、実は最初から「当たり前」にあるわけではないという現実。
すべて、これから自分たちでつくっていくしかなかったのです。

そんな状況が続くなか、心が折れてしまう者もいました。
しかし歯を食いしばって、むしろ発奮する者たちが、その後のレールを創っていったのです。
「俺たちが頑張って、後輩たちが入ってくる時はもっと良い環境を提供してやるんだ!」

ただでさえ「新卒には無理」と言われている業界に入社した彼ら。
何としてでも成果を出し、会社を変える!
そしてリフォーム業界の非常識を常識に変える!
そんな想いでがむしゃらに努力していきます。

次々と入社してくる後輩たちも、負けん気の強い者ばかり。
「絶対に先輩たちを抜きます!」
「自分たちが会社を変えていきます!」
そんなチャレンジングなことを入社式で宣言しながら、毎年手応えのある仲間が増えていきました。

先輩にとっては、後輩の入社はプレッシャーでしかありません。
自分こそまだまだ経験が浅いのに、もう教える立場になるのです。
必死で成果をあげるとともに、人間としても成長しないといけません。
また後輩に教えることを通じて、実は教える側が学ばせてもらえることがたくさんあるということにも気づいていきます。

そうやって少しずつ「新卒文化」が芽生えていったのです。

会社としても「30名の壁」、「10億の壁」を突破し、新卒2期生が入社した2004年には従業員数45名、売上12.4億円に。
新卒3期生が入社した2005年には、従業員数60名、売上13.7億円に成長。
かねてから夢だった大阪市中央区(本町)に本社を設置。

ちなみに携帯電話が会社から貸与できるようになったのは、新卒四期生が入社した2006年からでした。

ここからまた新たな取り組みが始まります。

今日、CONY JAPANは多種多様な業界に挑戦していますが、その挑戦の第一歩としてコンサルティング業界へと参入したのです。

スペースアップは、前述の通り「理念浸透型経営へのシフトチェンジ」・「歩合給の廃止」・「新卒採用スタート」という3つの改革によって、更なる成長を遂げいく一方、小西の経営者仲間の中には、景気の波を受け廃業を余儀なくされるというケースがいくつも見られるようになりました。
「中小企業の経営者の為に、自分自身の経験が活かせないか……」
そんな口惜しい想いが日に日に募ります。
かねてから小西自身は、セミナー講師またコンサルタントとして、自分の会社だけでなく他の多くの企業の成長にも寄与する仕事がしたいという新たな夢を抱いていました。
そんな周囲の出来事やかねてからの夢を重ね合わせて、2006年、スペースアップでの経験で培った「組織・人材」分野に特化した第二の事業、コンサルティング事業(ソリューション)がスタートしたのです。

会社はその後も躍進を続けます。

何のためにやるのか?
何を目指すのか?

それが明確になり、共感する仲間が年々増え、もちろんいくつもの失敗や挫折を経験しながらも成長していきました。

2007年には、従業員数90名、売上21.9億円。

2009年には、従業員数は141名となり、スペースアップの店舗は全国展開を目指し関東にも進出を果たします。
売上は念願の30億円を、目標の2008年から1年遅れたものの、達成することができました。
そして、「働きがいのある会社ランキング」1位入賞を目指し、社員有志が集まるプロジェクトが発足。

2011年には、さらに九州にも進出。
ビジョンとして、会社設立25周年に当たる2022年度に売上1000億円達成を目指し、海外進出も視野に入れて、社名を「株式会社CONY JAPAN」に変更。
また、1000億達成に向けスペースアップ・ソリューション以外の新たな事業の立上げを企図し、全事業を統合した経営理念「CONY WAY」を策定します。

2012年には、さらなる新規事業の立上げを一気に進めます。
まず、かねてから構想していた飲食業界に進出。
味や価格だけに頼らず、スタッフである「人」が与える付加価値を高めることによって、お客様に「やる気、元気、勇気」を提供することを理念に、まずは居酒屋「一発屋」の経営をスタート。

そして新築事業部として「納得住宅南大阪」が誕生。
従来より、お客様からはリフォームだけでなく新築・建替えのご要望をいただくことも多々ありました。
そのようなご要望にもお応えし、リフォームで培った基盤を活かしつつ、自然素材を用いた上質な納得空間を提供すべく発足。CONY JAPANはリフォーム、新築の両面からお客様の住空間を支える事が出来るようになりました。

2013年には、新たなリフォームのかたちを生みだした、水まわりのリフォームをお手軽に提供する「リフォーる」がスタートし、リフォームの分野で2ブランド体制となりました。
既存のリフォーム業界には「リフォームは大がかり」「リフォームをしたいけど、高額なので踏み切れない」「ちょっとだけリフォームをしたいけど頼みにくい」などのイメージがありました。リフォーるではこのようなお客様の声を背景に、「リペアに特化する」ことで明瞭価格と安心施工を実現することが出来ました。スペースアップ、そしてお気軽に「リフォーム+する」のリフォーるが、住環境改善を必要とする全てのお客様をサポートしていきます。

さらにはヘルスケア事業部が誕生。グループ会社である「CONY BB」では鍼灸接骨院やパーソナルトレーニングジムを提供し、健康産業にも挑戦しています。

そして現在。たった4名で始めた会社は、従業員数250名を超え、売上は54億円を突破しました。
CONY JAPANはこれからも成長し続けていきます。

私たちが守るべきCONY WAYにはこのように記しています。
~「CONY JAPANは人財育成に全力を注ぎ、
 成長した社員は、お客様の幸福を本気で追求し、
 関わる全ての人たちと明るい未来を地球規模で創造していきます。」~ と。

2022年度の1000億円はあくまで通過点の一つ。
私たちは100年先もベンチャースピリッツが受け継がれるグレートカンパニーを 目指していきます!

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